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ドイツ語の花梨先生3(1)僕も笑いません

そろそろ、本題に戻らなきゃ。

あの日、笑わない人は気をつけなさい、
という言葉にがっかりしちゃった私は、
花梨先生を呼び止めたのだ。

そして、その時に感じた気持ちを、赤裸々に
伝えたんだよ。

みんなが大笑いしているところで
笑えなかった自分。
気をつけなさい、って言われたんだけど、
花梨先生はどう思うか。
聞いてみた。

花梨先生は、あまり口を挟まずに、黙って
私の言葉に耳を傾けていたよ。

そして一通りの告白が終わると、こう言った。

「僕も笑わないと思います」
そして穏やかに微笑んだ。

「それでいいじゃないですか。
その方が、あなたの年代では、まともな
受け答えではないでしょうか」って。
posted by ゆうき at 02:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | ドイツ語の花梨先生3

ドイツ語の花梨先生3(2)僕も出て行きます

私はその言葉を聞いて、身体から力が
抜けちゃったな。戦意喪失って感じ。

何か意見されるかな〜って思っていたけど、
でも、尊敬する花梨先生の言われることなら、
真摯に受け止めようって考えていたから。

「先生も、笑わないのですか?」
私は繰り返し確認した。

「笑わないですね。僕も途中で
出て行くと思います」

ひとつひとつの言葉を流すことなく考える姿勢。
疑問に思ったことを考え抜いて、自分なりに
答えを見い出し、受け入れようとする姿勢。
自分のそのこだわりを、花梨先生は、丸ごと
受け入れてくれたのだ。

あの年代での私の反応は、ごく普通であり、
周囲に流され、深く考える間もないまま
今の若い時期を終えてしまうことこそ、
憂えるべきだと続けて言われた。
posted by ゆうき at 02:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | ドイツ語の花梨先生3

ドイツ語の花梨先生3(3)受け入れることの価値

「心配する必要はありません」
花梨先生はにこにこ笑いながら、そう言った。

「それが普通なのですから」

どれほど私はその言葉に救われたことだろう。

もしその時、花梨先生に、
「もう少し柔軟に考えたらどうですか?」
と、正しい答えを言われても、当時の
私には無理なことだっただろうな。

柔軟な考え方の価値が分かるためには、
私はそれから10年以上の経験を必要と
したからね。

しかし先生は正論は言わずに、
その姿勢をただ、受け入れてくれた。
心配するには及びません、と言ってくれた。

この言葉の深さには、驚くものがあるな。

じぶんちのウサギに対しても、こんな感じで
接しているんだろうな。
背広をかじられても、柱をかじられても、
もう何も思わないと言っていたからな。
すごいなあ。

posted by ゆうき at 02:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | ドイツ語の花梨先生3

ドイツ語の花梨先生3(4)私、どうして死ぬの?

10代、20代の頃。
感受性が豊かな時期には、様々な疑問があった。

どうして人は生きているのかな。
何のために生きているのかな。

どうして医師になりたいのかな。
どんな医師になりたいのかな。

自分の最終的な望みってなんだろう。
この生き方は、本当の自分なのかな。

どうして人は生まれ、生き、そして、
死んでいくのかな。
何のために不幸があるのかな。
どうしてすべての人に、避けられない
悲しみが訪れるのかな。
人生の本当の意味って、何だろう。

このような問いかけをしたことがあるかな?
ばかばかしいと思うかな?

でもね、もし、死に逝く患者さんに、
「先生、私、どうして死ぬんでしょうか」
って、泣きながらこう聞かれたら、
みんな、どう答えるのかな?

私は研修医のときに、そう聞かれたよ。

直接口に出して言わなくても、
無言のまま訴えている人もたくさんいたよ。

目じりに残る涙のあとや、あきらめたような
笑い顔が、いつまでも記憶から消えないな。

言葉に詰まって困ることも、誠実な対応の
形だろうね。

でもね、彼らのその切実な問いをね、
流して忘れてしまう医師にだけは
なってはいけないよ。
私もどんなにベテランになっても、そうは
なりたくないな。

誠実な対応をしていきたいと、
こんな私でも常々思っているんだ。
posted by ゆうき at 02:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | ドイツ語の花梨先生3

ドイツ語の花梨先生3(5)不器用でもいいよね

だからね、私は、不器用だったけど、
いつも悩み抜いていて辛かった学生時代が、
大切な宝の山だったと思っているよ。

そういう大学で教育を受けられたことを、
心から誇りに思うよ。

自分に向けられた言葉に立ち止まり、
自分の目に映るものをゆっくりと
消化しながら受け入れていた当時の思いが、
不意によみがえってくることが今でもあるな。

そして今度は独りきりじゃなく、
出会う人たちと共に立ち止まり、
一緒に考えるようになったよ。

あの時期に、その生真面目さを、
否定することなく、受け入れてくれた
花梨先生に、心から感謝しているよ。
posted by ゆうき at 02:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | ドイツ語の花梨先生3

ドイツ語の花梨先生3(6)最後の講義の日

「先生、今日がドイツ語の最後の講義でしたので」

私たち女子学生は、最後のドイツ語の講義の日、
花梨先生の部屋をノックした。

大きなバラの花束と、ちょっと高いドイツワインを
持って訪れたのだ。

入学したばかりで不安だった私たちを、
1年間見守っていてくださった先生に、
感謝の思いを込めて。

そこにいるだけで、それだけでいいな、と
思える人と、あの多感な時期に出会えたことは、
私たちにとっては最大の喜びだった。
posted by ゆうき at 02:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | ドイツ語の花梨先生3

ドイツ語の花梨先生3(7)先生からの手紙

研究室のドアの前の、いつもよりちょっと
いい服を着た私たちの姿を見て、花梨先生は
いつになく照れたような表情をした。

その数日後、花梨先生は、私たち一人一人に、
奥様手作りのかわいい手帳と、手紙を下さった。

友人たちは、部屋でこっそりとその手紙を
読んで、泣いていたね。
(よね、ムーミン)

一人一人の今後の成功と幸せを祈っている、
という内容だった。
花梨先生と奥様の、丁寧な心遣いに感動したな。
posted by ゆうき at 02:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | ドイツ語の花梨先生3

ドイツ語の花梨先生3(8)いつか必ず

その手帳は今でも私の手元にある。
まだ中身は白紙のまま。
もったいなくて使えない。

しかし、花梨先生からの手紙が、どうしても
見つからない。

捨ててはいないはずだから、絶対に
どこかにあるはず。

探さないのにはわけがある。

もっともっと後に、その喜びをとって
おきたいもんね。

もっと年とったら、花梨先生からの
手紙を見つけて、手を止めて、
学生時代を思い出したいものだ。
posted by ゆうき at 02:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | ドイツ語の花梨先生3
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