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J医科大学入学試験の日
【1】医学部受験の日

昭和から平成に時代が移ろうとしている頃、
東京で一人寂しく予備校生活をしていた私は、
北関東にあるJ医科大学を受験した。
(分かる人は分かるよね)  

J医大の一次試験は各出身県で行われる。
そこで私は地元の福井に帰り、まず一次試験を受験した。  
チンプンカンプンの問題には、
1から4までの数字を書きいれた鉛筆を転がしつつ、
何とかかんとかマークシートを埋めていった。  
ほんとに真剣に転がした。

さて、お次の二次試験はJ医科大学で行われる。  
二月のある日、私は大学まで足を運んだ。  
ここの冬の寒さはとても厳しい。  
空気が乾燥し風が強く冷たいため、
体のシンまで冷えるのだ。   

北陸の冬は寒くても雪があるから、
湿気が多く底冷えがすることはあまりない。  
その日は雪になるかもしれないと、
駅に降り立った瞬間に思った。

そして学科試験の真っ最中、
鉛筆の音がざーっと雨の音のように鳴り響くなか、
ふと窓を見上げてぎょっとした。

まるで雪国で見るような猛吹雪。  
辺り一面雪景色。あっという間に真っ白になっていた。  
周りの受験生も手を止めて呆然と窓を見つめていた。
試験監督の先生も監督そっちのけで、
目を真ん丸くして外を見つめていた。  

後にも先にもあの土地で、あれほどの吹雪を見たことはない。

posted by ゆうき at 08:48 | Comment(2) | TrackBack(0) | J医科大学入学試験の日

J医科大学入学試験の日
【2】医学部に文系の枠を

大学で受験する二次試験は今と違って、
英語、数学と理科二科目の選択。  
それに小論文と面接があった。

今はもう二次試験には、面接と小論文しかない。
(だよね?)  

どうやら学科試験の成績と卒業時の成績が
相関しないことを大学の先生たちが気付き始めたらしく、
現在は学力は一次試験に頼り、
二次では人格や熱意の度合いを重要視しているらしい。

自慢じゃないが私自身、
入学時には学力的には最下位。いわゆる、ビリ。

「君の学力、100人中60番になったよ!」  
1年生の終わり頃、廊下で英語の教授に唐突に言われ、
私はとまどった顔をした。  

けなされているのか?  

この教授は、時折へんなことを言うので
これだけでは判断がつかない。  
じーっと次の言葉を待っていたら、
向こうも眼鏡の奥からじーっと私の顔を見つつ、
「君は本当によく頑張ったね!」と、
肩をバシバシたたかれ ほめられた。  

喜んでいいのか、悲しんでいいのか、複雑な心境だった。

しかし学問の内容が、自然科学から基礎医学、
そして臨床医学へと変わっていくにつれ、
私自身興味を持って積極的に勉強したこともあり、
最下位からの涙ぐましい60番が、
数年後の学年の終わりには確実に数字が減っていった。

医学の勉強というものは、
ある程度の基礎的な学力があれば、
あとは興味、関心次第でいくらでも伸びる。
大事なことは医療に対する熱意だけ。

医師になりたい〜!と強く思うことだけである。

(だからビリで入学しても頑張って。
ビリでも明るく朗らかに頑張ってい れば、
きっと廊下で先生が肩を叩いてくれるから)

でももし可能ならば、
文系の科目で受験できる枠を作ってほしい。  
理数系が得意な医師がいてもいいし、
文系の医師がいてもいい。  

世の中には多様な人間がいるのだから、
医師も多様性があっていい。  
理数系にこだわる必要はないはずだ。  
これまで文系の頭であるために、
医学部をあきらめた学生も多いはず。  

そのなかにはきっと、
医師としての資質に優れていた人もいただろう。

posted by ゆうき at 08:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | J医科大学入学試験の日

J医科大学入学試験の日
【3】医師国家試験合格率を上げる教育って?

もう一つついでに言うと、
国家試験合格率をあげるためには、
医師とい う仕事に魅力を感じ、
使命感や目的意識を学生時代に十分に植えつけるような
内容の講義や実習を増やしていってはどうか。  

J医大はかなりそれを重視していると思う。  
目的意識の高い学生が多いのも、教育が優れているからだ。

(だから、毎年、医師国家試験合格率がダントツなのよ)  

本当はそのような状態で医学部に入学するべきだが、
十代の終わりにそれを期待するのは無理だろう。  

臨床医学の勉強をしながら、
その傍らでは感銘を受けるような医師の話を聞かせたり、
ビデオを見せたり、自分が医師になったときの状況を
シュ ミレーションしてみる。  

それを継続的に続けると、
自然に学習意欲が湧いてくるのだ。  
医師という仕事に誇りを持つことができれば、
自ずと勉強したくなる。

夜中まで続く実習、その後のレポート、
更には進級に関わるストレスフルな試問攻撃を
もう少し抑えて、大らかで自主性を重んじるような内容に
してもいいかもしれない。  

文字通り恐怖と名が付く実習をくぐり抜けてきて、
更に恐怖の試問を息も絶え絶えに通過してみて、
得られたものは極限状態の体験と、強烈な忍耐力。  

そして、その時に強烈にインプットされた鮮明な記憶。
(だからこそ10年以上も経って、
学生の頃のエッセイが書けるのよ)  

まあ極限の体験も、ものすごい忍耐力も、
医師にとっては重要な資質だけど、結構、辛い時期だった。  
本当のこと言うと、もう二度と学生時代は繰り返したくない。  
まあ、地獄の研修医期間が終わった時も、
もう、二度と研修医時代は繰り返したくないと思ったけどね。
posted by ゆうき at 08:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | J医科大学入学試験の日

J医科大学入学試験の日
【4】J医科大学受験・ライバルは同県人

話を受験に戻す。J医大の面接は
集団面接と個人面接の二つが行われる。  

受験生の競争相手は、同じ出身県の受験生。  
この大学はちょっと(いや、とっても)特殊なので、
すべての県から数名が選ばれる。  

だから人口の多い東京などは、
100名を超える多くの受験生から2〜3人の合格。
倍率何十倍の難関になる。  

しかし受験生が少ない県は、
10名ほどの受験生から2人だから、
時には医学部に入れそうもない学力でも合格することはある。  
福井出身の私は、14名の受験で2名合格。  
倍率にも県によっては、二桁の違いがあるのだ。  
(意外に知らない人が多いでしょう)
posted by ゆうき at 08:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | J医科大学入学試験の日

J医科大学入学試験の日
【5】医学部受験・集団面接の様子

一次試験でどの県も十名以下に絞って、
大学での二次試験に挑む。  

二次での集団面接の様子は、こんな感じだ。  

まず、出身県ごとに集団で一つの部屋に入れ、
一つのテーマに沿って討論する。
その討論には、面接官は加わらない。  

受験生にすべてを任せ、
面接官はただ黙って討論の行方をみる。  
その中で面接官が何を判断するのかは
ご想像にお任せする。

(聞いた話だと、協調性とか積極性とか、
抽象的なことらしいよ)

討論するには、進行役の人間が必要だ。
面白いことに、自然に役割分担 が決まり、
受験生だけで討論が進んでいく。  

しかし時に、
面接官が助け舟を出して討論を進めないと、
始終無言のまま時間だけが過ぎていくグループも
あるらしく、先生達が困ってしまうこともあるらしい。  

10名ほど円座になった学生たち、
そしてそれをじっと見つめる面接官3名。  

つばを呑み込む音だけが聞える沈黙の時間は、
ちょっとホラーかも。
posted by ゆうき at 08:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | J医科大学入学試験の日

J医科大学入学試験の日
【6】医学部受験集団面接のジンクスを打ち破れ!

しかし集団面接には、一つのジンクスがあった。  

進行役の学生は、面接官から目をつけられて
評価が低くなる、というものだ。  

以前からその話を聞いていたため、
私はなるべく話すまいと心に決めていた。  
しかしその時のテーマは「あなたの読書体験記」。
(よく覚えているよね)  

そのテーマを見た瞬間、私は合格を確信した。
この内容ならおそらく私は、
一人で何時間も話し続けることができる。  

ラッキーと思ったが、
そういえばしゃべりすぎると不合格?
しかししゃべりたいよね。でもしゃべれない。  

そんなジレンマの中ふと気が付くと、
その場は私の独壇場と化していた。
協調性、間違いなくC判定?  
でも我慢して後悔するより、ダメもとだ。  
ジンクスなんか打ち破れ。

posted by ゆうき at 08:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | J医科大学入学試験の日

J医科大学入学試験の日
【7】感受性は鈍る

当時読んでいた本は、歴史ものばかりだったが、
それを話してもこの場には合わない気がして、
慌てて他のジャンルの本を思い出した。

たとえば遠藤周作「海と毒薬」。
その続編「悲しみの歌」。  

この悲しみの歌は、当時の私にとっては
衝撃的な内容だった。  
生体実験の暗い過去を持つある下町の老いた医者が、
苦しんでいる老人を、 その手で安楽死させてしまうのだ。  

そしてその老医師も、
後を追うように夕暮れの公園で孤独な死を選ぶ。  

その情景が淡々と描かれている本で、
読後、言い様のない悲しみ、
抜け出せない闇の深さがいたたまれなくて、
一人で涙を流した内容だったのだ。
(ものすごく感受性が鋭い時期もあるのよね)

その後、何年も経ってから同じ本を読み返したが、
当時ほどの感動はなく、
人間は年をとって経験を積んでいくことで、
生きやすくなる智慧を身につけるんだな、と感心した。
(ま、ずぶとくなるってこと)  

その他、その場で紹介した本は、
フランクルの「夜と霧」「死と愛」。  
ナチスドイツでの出来事で、精神科医でもある著者が、
アウシュビッツ収 容所での体験から
実存主義を打ち出した本だった。  

これは非常に有名な本だから、一度読んでみて。
posted by ゆうき at 08:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | J医科大学入学試験の日

J医科大学入学試験の日
【8】J医科大学受験面接官は3名

その時の面接官は3名。
後で聞くと、真ん中が教授、
両横に助教授か講師が座っているらしい。
(今はどうか知らないよ)

真ん中の教授との出来事については
後からゆっくりお話するが、
左隣の助教授が、当時の精神科の医師だった。

ラッキーなことに彼は
そのフランクルの著書の内容をよくご存じで、
私が 「夜と霧」について熱弁を奮っている時、
ニコニコと微笑んでいた。

入学後、その先生の講義の時に、
フランクルを研究していると語っていた。
そして、あなたのことはよく覚えている
とも言って下さった。

私以外の受験生はというと、
普通は受験勉強にあけくれているため、
読書らしい読書などしたこともなく、
黙りこくっていた。

時折知っている本をぼそぼそ答えていたが、
内容の言及まではできない。

ある程度の時間的な余裕のある
私のような浪人生にとっては、
読書体験記は最高のテーマだった。
posted by ゆうき at 08:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | J医科大学入学試験の日

J医科大学入学試験の日
【9】J医大受験・集団面接のテーマ

他の県でのテーマを参考までに挙げると、
たとえば臓器移植をどう考えるかだったり、
寮生活をどう思うか、という内容だった。

なぜ、寮生活が討論のテーマになるのだろう。
実はJ医大は、原則寮生活が基本なのだ。
新入生はすべて大学の敷地内にある学生寮での
生活を余儀なくされる。

2年生以降は自由にしていいのだが、
何かと便利な寮生活。 門限もなく、かなり自由。
それになじんでしまうと、なかなか離れられなくなる。

しかし時には、最初の段階で寮生活になじめず、
ドロップアウトしてしまう学生もいた。

だからこんなテーマでの討論があり、
集団生活に耐えられるかどうか
チェックしていたのだろう。

そういえば太谷地という友人は、脳死について、
というテーマでの集団面接で
一言も言葉を発しなかったらしい。

とうとうしびれを切らした面接官に最後に、
「太谷地くん、何か意見はないのかね?」
と聞かれたらしいが、太っ腹の太谷地くんは、
「特にありません」と、余裕いっぱいに答えたらしい。

彼もジンクスを知っていたのか?
そんな奴でも受験に合格して、今は立派な産婦人科医だ。
よほど学科試験が優秀だったのだろう。

一応ほめておくが、彼は非常に人間味があり、
ユニークで、温かい心を持った医師である。
posted by ゆうき at 07:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | J医科大学入学試験の日
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