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真夜中の白衣3(1)白衣、着てみようか

その酒郷さんと、ある日の真夜中、洗面所で
ばったりと会ったのだ。

機嫌よく酔っていた私たちは、何となく
その場で世間話を始めた。

入学してきてまだほんの数週間で、互いのことを
何も知らなかった時期だ。

「どうして医学部に来たの?」
私は聞いた。

「医者になりたかったから」
酒郷さんは目を細めて笑った。
(笑うと目がなくなる)

「白衣、もう買った?」
「買ったよ」
「着てみた?」
「まだ」
「今、着てみない?」
私は提案した。
「そうだね、着てみよう」
posted by ゆうき at 11:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | 真夜中の白衣 その3

真夜中の白衣3(2)真夜中の白衣

私たちはそれぞれの部屋に戻り、真新しい
青白く光る白衣を手に、また鏡の前に立った。

そして巨大な鏡の前で、私たちは一緒に
白衣に手を通した。

真夜中の2時。
ちょっと不気味。
でも、酔っているから恥ずかしくないのだ。

鏡に映った姿を見つめてみた。
すこーしぶかぶかの、男ものの白衣。
照れ隠しに白衣のポケットに両手をつっこみ、
後ろの壁にもたれた。

「あこがれだよね、白衣着るの」
私はそうつぶやいた。

「そうだね」
酒郷さんも、背中を壁につけた。
そして彼女は、どんな医者になりたいの?と
私に聞いた。
posted by ゆうき at 11:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 真夜中の白衣 その3

真夜中の白衣3(3)ブラックジャックを目指して

「ブラックジャックのように、メス一つで
すべての病気を治せるような医者になりたい」

私は心の底からそう言った。

あの頃は、努力さえすれば、全知全能の神のように、
どんな病気でも治せる医者になれると思っていた。

学年が上がるにつれ、その願いが遠くなるのを知った。

医師になる時期が近付くにつれ、念願だった夢が
遠のくのを感じるのは、とても不思議だった。

それでも医者になるのを諦めなかったのは、
一体、どうしてなんだろう。

今も不意にそんなことを思うことがある。
posted by ゆうき at 11:56 | Comment(2) | TrackBack(0) | 真夜中の白衣 その3

真夜中の白衣3(4)いい医者になりたい

「いい医者になりたいね」
その時、彼女はそう言った。

「そうだね。これからの6年間、長いかなあ」
「あっという間じゃない」
「そうかあ、あっという間に医者になれるのか」
「がんばろうね」
「そうだね」

あの日。
私はあの日のことを、まるで昨日のことのように
覚えている。

真夜中に新品の白衣を着て、古ぼけた鏡の前で、
長い時間、将来の夢を語り合ったあの日のことを。

目尻をほんのり赤くして、にこにこ笑いながら
白衣を着た彼女の表情を。

彼女も覚えている。
私が語った夢を。
posted by ゆうき at 11:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 真夜中の白衣 その3

真夜中の白衣3(5)それぞれの場所へ

6年の間、誰にもこのことを言わなかった。
私たち二人だけの想い出だった。

6年後、私たちは卒業した。
その6年間は、あの時言っていたように、
走馬灯のように過ぎていった。

実習や試験に追い立てられ、気がつくと
私たちは医師になっていた。

J医科大学は、大学で初期研修を受ける制度ではない。
卒業すると、それぞれの出身県に戻っていく。
それは最初から決まっていることだ。

6年間一緒だった仲間たちが、ある日を境に
ばらばらに全国に散っていった。

posted by ゆうき at 11:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 真夜中の白衣 その3

真夜中の白衣3(6)メッセージ

卒後、私の結婚式の時に、女性の同級生たちを
全員招待した。

同級生10人、全員がそろって写っている写真を
大きくスライドにして、私は同級生一人一人に、
心を込めて、メッセージを送った。

「酒郷さん、どうぞお立ち下さい」

照明が消され、立ち上がった彼女たちに、スポット
ライトが当たった。
そして司会者は淡々とこう語った。

「酒郷さん、覚えていますか。入学してすぐ、
新しい白衣を着て、真夜中、鏡の前で将来の夢を
語り合いましたね。忘れられない出来事でした。
あの時約束したように、がんばっていい医師に
なりましょうね」

同じように、同級生一人一人に心に残る思い出を伝えた。

みな、涙を流していた。
共に過ごした6年の思いは、とても語り尽くせない。

その真夜中の白衣のメッセージに感銘して、
多くの人が、涙を流していた。


posted by ゆうき at 11:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | 真夜中の白衣 その3

真夜中の白衣3(7)本物の白衣

あの時、入学したばかりの時期、誰もそれからの
6年間をどう過ごすかなんて、想像もしなかった。

彼女はその後、小児科になり、私は外科医になった。
(今はどちらも総合医)

あの時、私たちは真新しい白衣を手にして、
純粋に喜びあった。

あれから実習で何度も白衣を着た。
そして今度は病棟で白衣を着た。
新しい聴診器もポケットに入った。

6年生になって、白衣から遠ざかり、
そしてまた鮮やかな新緑がまぶしい春に、
私たちは本物の白衣に手を通した。

医師になって私たちは、白衣を着ている時間の
方が長くなった。
身体の一部になっていた。

研修もあっという間に終了し、私たちは第一線で
活躍している。

posted by ゆうき at 11:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | 真夜中の白衣 その3

真夜中の白衣3(8)ウサギは最高

メス一本ですべての人を救える医者にはなれなかった。
外科から離れ、メスも手にしなくなった。
それでも朗らかに努力している毎日だ。

多くの人たちの笑顔が、支えになっている。
多くの人と関わることが、何よりも大切だと思っている。

医療以外のこともやりはじめた。
ジムで本格的に筋トレしたり、ジョギングしたり、
ウサギと暮らしたり、小説を書いたり、経営を学んだり、
趣味も多くなってきた。

特にうちのウサギは、最高だ。

当時よりは、はるかに自由に生きている。

「どうしてあの時、白衣を手にすることが
あんなに嬉しかったのかな?」
医療一色の彼女は、そうつぶやいた。

「そういうものなんだよ」
彼女に、いろいろなことを言いたかったが、
それ以上、言葉が出なかった。

あの頃、何を思って生きていたのか、
語り合いたかったが、言葉にならなかった。

ただ、私は彼女のことが、好きだった。

きっと彼女は間違いなく、ヨットで放浪の旅に
出ることだろう。
それを楽しみに待っていようっと。

posted by ゆうき at 11:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | 真夜中の白衣 その3
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